BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― ひとり言のような感想 ――

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Category: < つれづれ > | 2005.12.11 Sunday 10:06

ひとり言のような感想

「村を出た人が、村の批判をしている」
「村にいる人が、村を出た人の批判をしている」

どちらの立場からも、大いに考えを述べて、批判し合って欲しいものです。
でも、ひとりひとり違うから「・・・の人」と一言でくくれないよなー。

「その人の中では学園は終わっている。でも実際に、学園は続いている。」
「その人の中では学園は続いている。でも実際に、学園は終わっている。」

どちらか一方に偏ると、もう一方が聞けなくなるかなー。
先ずは、反感なしで、どちらも冷静・公平に聞ける状態からだよなー。

先日、ある人と話したら、その人は、人や組織を批判・批難することを随分嫌っているようす。
でも、批判・批難する人を、その人自身、批判・批難しているという自覚はないみたいだった。
こういうことって、よくあると思う。

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人と社会を科学しよう
核心をつかむ「研鑚」をしよう
なにはなくとも「学問と実験」を
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