BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 適性試験科研鑽会について ――

<< 適性試験科 合宿研鑽会 | main | 続 「鈴鹿」について >>

Category: < つれづれ > | 2005.12.04 Sunday 09:54

適性試験科研鑽会について

3年前(2002年)の11月から、適性試験科合宿研鑽会をやってきました。
適性試験科の目的や名称の通り、参加者は、
自分の持ち味や適性、そして、社会的適所や適職を見つけ出したいという欲求で参加します。

でも、この研鑽会をやり始めて気付いたことは、
何のために自分が生まれて来たのか、何故ここに自分がこうして居られるのか、
そして、これから、どこへ向かって行くのか、・・・自分の没後、次代・後代がどうあることを希っているのか・・・、
という人間としての根源的テーマです。

これらは、頭で知識や理論で考えることでもなく、自分に問うて、問うて、自分の内からどんな応えが返って来るかを観る作業です。
頭や理屈で理想や真目的を説いても自分のものではないという感じ。
自分の中にしかある筈がない、産まれて来た理由、生きる目的、存在する価値・・・、誰にも教えて貰えない自分しか答えられないもの。
そこに出会ってこそ、それからが自分ならではの本職・本業が現実味を帯びてくる。架空の本職・本業でなく。
こういう研鑚やってみると本当に面白い、研鑚資料は、まさに自分自身。ヤマギシ用語は要らない。

これからの本業・本職には、その前と後、つまり、「自分の人生以前」と「自分の人生以降」を自分で知ってこそ、
「自分が生きる」ということの実質を自分で知ることができるようになるような気がする。
これを、本当にもっと、もっと若い世代から、やっておきたい。難しい哲学などでなくて・・・、
簡単でシンプルな、自分の存在、自分が生きるということを知る機会。研鑚機会。
今は、こんなことを思いながら、やっています。
▲ page top