BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 「・・・は一日にしてならず」 というか ――

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Category: < 精神革命 > | 2005.11.07 Monday 09:49

「・・・は一日にしてならず」 というか

「稲の稔りは土中にかくれた根にあり」
「鶏の産卵は腹中の消化器にあり肉眼にみえぬ染色体にあります」
「目に見える部分よりも、形の無いものに本当の価値があるのです。」

こういうことが当たり前の中で、育ち暮らして来れば何でもないことなんだろうけど、
長い間、目に見えるものや感や情を主体で来ていると、こうなるのに一朝一夕では行かない。

,修譴砲論茲此⊆分の思いをはさまないで、物の成り立ちや自分の成り立ち、存在や変化そのものありのまま受けられるように・・・。(そうなる為のキッカケとその後の方法・レッスンが要ると思うけど)
△修海鬟戞璽垢法∨楴租な視点・観点・感性・感度など引き出され、観察力や思考力が育つと思う。
そうなって、初めて、理念や真実のあり方や具現方式が役立つのだと思う。
人のことも、社会のことも、凡ゆる物事について、本質的に考え行えるようになるのが先決。

自分の身体・思考・感情・言動・生活全般の組成・構成を知るは格好の練習台。

急いで、はしょっても、ならないし、急ぐ必要は何もないし、その道を通るしかないような道があり、自分から道を外れないで、ただそこを通るだけだと思う。
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