BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 「思っている」「・・・つもり」という自覚 ――

<< 感覚主導という自覚 | main | 「知らない」自分という自覚 >>

Category: < 精神革命 > | 2005.11.03 Thursday 09:46

「思っている」「・・・つもり」という自覚

私は「知ってる」「分かってる」つもり。
「知ってる」「分かってる」と思っている。

「知らないこともある」「分からないこともある」と言う。
つまり、「知ってることがある」「分かってることがある」ということか。

「知った」「分かった」「知ってる」「分かってる」とは、どういうことか。

例えば、「感覚主導」とか「自覚がない」と聞いて、
だから、どうなのか なぜ、そうなるのか それで、どうするのか ・・・と、
それについて意見を述べたり、原因をさぐろうとしたり、反省したり、行動しようとしたりする。つまり、すぐにその次へ行こうとする。
それは、もう既にそのことを「知ってる」「分かってる」つもりになっているからか。

原因・反省・改め・実行 に移るということは、既にその意味を
「知ってる」「分かってる」と、自分の中でなっているからか・・・・


幸福を知らない自分を知らないで、幸福になろうなろうとしている
聞くを知らない自分を知らないで、聞こう聞こうとしている
一つを知らない自分を知らないで、一つでやろうやろうとしている
▲ page top